
産業医と栄養士が教える、睡眠と食で社員の生産性を上げる施策とは?
産業医サービスを展開する株式会社エムスリーキャリアは10月、企業の人事・労務担当者を対象に、健康経営推進セミナーを開きました。「睡眠と食で考える働き方改革」をテーマに産業医の穂積桜先生と、栄養士の笠井奈津子先生が講演。「従業員の生産性を上げるためには睡眠と食が重要」と話し、企業ができる具体的な施策例を提案しました。2人の講演内容をまとめました。
穂積 桜(ほづみ さくら) 札幌医科大学医学部卒業後、札幌医科大学医学部附属病院神経精神科、東京都立松沢病院などで精神科医として勤務。また、国立病院機構東京医療センター、北里東洋医学総合研究所で、内科、東洋医学の知識を幅広く習得した。2014年より人事労務、法律の知識を併せ持つプロフェッショナル産業医として活動している。現在16社の産業医を務める。 |
笠井 奈津子(かさい なつこ) |
いい眠りといい食事は、いい仕事の土台になる
穂積先生
今日のテーマは、睡眠と食事です。私はこのテーマで企業の方々にお話をしたいとずっと思っていました。いい眠りといい食事は、いい仕事の土台になるからです。
会社には「健康な社員」「不調があり、生産性が低下している社員(プレゼンティズム)」「休職に至る社員」の3つの層がありますが、このすべての層にとって、睡眠と食事は重要です。また、眠らない社員や食事をしない社員はいませんので、健康に興味をもっていただく入り口になるテーマだと思います。
今年、日本睡眠学会では、「睡眠習慣と食習慣が休退職リスクに大きな影響を与える」というデータが発表されました。特に睡眠習慣は、「残業時間」の2倍の確率、「働きがい」と同等の確率で休退職リスクにつながっています。働きがいの向上や残業時間の削減については、現在取り組んでいる企業は多いですが、これからは睡眠関係の対策も避けては通れないと思います。
睡眠は「健康」「プレゼンティズム」「休職」すべての社員に関わる
穂積先生
先ほど、企業には「健康な社員」「不調があり、生産性が低下している社員(プレゼンティズム)」「休職に至る社員」の3つの層があると紹介しましたが、それぞれの層にどのように睡眠が関わっているか紹介します。
健康な社員
健康な社員は、睡眠時間を削りがちです。しかし、日本の研究で、睡眠時間が1日4時間36分以下の生活を5日続けると、不安や恐怖を感じる扁桃体の活動が増加するというデータがあります。つまり、どんなに職場の環境や人間関係がよくても、脳の働きで不安になるのです。いいパフォーマンスで長く働くためには、4時間半を切るような睡眠は危険ということですね。
繁忙期で1~2か月間、睡眠時間が短くなってしまうのは仕方がないですが、それが長期間に及ぶと不安や恐怖からキレやすくなり、その社員と周囲の人、例えば同僚や家族などとの関係性がギクシャクするという問題が出てくるかもしれません。
感情をうまくコントロールできない場合、しっかり眠れていないことが原因の可能性があります。企業としては、アンガーマネジメントや瞑想といった研修をする前に「そもそも眠れているのか」ということをチェックしていただきたいです。
また、健康な人でも睡眠が短いと認知機能や注意力といった脳の処理スピードが落ちるという有名な研究もあります。この研究では、3時間睡眠は8時間睡眠に比べ、処理スピードが4割落ちました。「自分は短時間睡眠でも大丈夫」だと思っている方の中にも、実はパフォーマンスが十分に発揮できていない人もいるかもしれません。
この実験のもう1つのポイントは、睡眠時間を戻しても処理スピードはなかなか回復しないということです。3時間や5時間の睡眠時間が1週間続いた人のパフォーマンスは、8時間睡眠に戻った後もすぐには回復しませんでした。
週末に寝だめをしているという方がいますが、寝だめではそれほど回復できません。
不調があり、生産性が低下している社員(プレゼンティズム)
パフォーマンスが落ちてしまっている方は、頭痛、腰痛、肩こり、月経痛など痛みに関する訴えをすることが多いです。眠りには鎮痛、痛みを和らげる効果があるという論文があります。産業医面談で月経痛の方と話をすると、大半は睡眠時間が短かったり、日によってばらばらだったりしてきちんと眠れていないように思います。
また、毎年不調が続いている人で多いのは、通勤時間が長いために睡眠がとれていないケースです。不調が続いている人に話を聞くと、午前9時に始業して午後9時に退社していても、実際には午前6時半に家を出て、帰宅は午後11時ということも珍しくありません。長時間労働者のリストに上がってこなくても、遠方から通勤している社員の体調は気にかけてみてください。
休職に至る社員
休職中の社員には、睡眠はどう関わるでしょうか。
不眠はうつのサインです。うつになった人の4割は、うつになる前から不眠症状があったという研究があります。私の産業医としての肌感覚としてはもう少し多いです。「眠れなくなってきた」「少し体調が悪い」という段階で、産業医や保健師に相談してみようと思ってもらえるような体制や雰囲気を社内でつくることが大事ですね。
また、産業医が休職者の復職を判断するにあたって、睡眠を含む生活リズムは注目するべき大きなポイントになります。
「ライフスタイルの見える化」でセルフケアを
穂積先生
産業医として社員に「眠れていますか?」と聞くと、たいていの方は「眠れています」と答えます。でも「昨日は何時に寝ましたか」と聞くと「昨日はテレビを見ていて、深夜1時半でした」と遅い時間を答える方は結構います。細かく人から尋ねられると、「私、意外と眠れていなかったかも」と気づくこともあるんです。
セルフケアとしてお勧めしているのは「ライフスタイルの見える化」です。ベッドに入った時間、眠っていた時間、眠気を感じる時間などを記録します。1週間が難しければ3日間でもいいです。睡眠や食は長く染みついた習慣ですから、可視化して振り返ることが有効だと思います。
食が睡眠の質を下げるきっかけに…職場に潜む3つの“要注意”食
笠井先生
穂積先生から、睡眠でコンディションを整えるお話がありましたが、食も睡眠と深く関わっています。職場には、睡眠の質を下げてしまう食事が3つあります。
まず「デスク食」です。
朝や昼など、デスクで食事をとる人はいませんか?睡眠ホルモンであるメラトニンを出すためには、魚・肉・卵のようないわゆるメインのおかずが必要ですが、パソコン片手に食べられるようなサンドイッチやおにぎり、菓子パンでは十分に栄養が取れません。
次は「夜遅い食事」です。
食事を消化・吸収するために内臓が活動していると、体が休まらず、熟睡はできません。6~7時間寝ても、疲れが取れていないように感じます。
最後は「食事代わりの間食」です。
近年、オフィスにお菓子を置いたり、カップラーメンやおにぎりを買えるようにしたりする企業が増えています。社員は「食事がとれなくても、これでしのげる」と思い、気軽に間食をとるようになるため、生活リズムが崩れ、睡眠トラブルが起きやすくなります。
ある企業が、通勤時間が長い社員のために、職場にマフィンや菓子パンなど糖質の多い朝食を用意しました。
もともと家で朝食をとっていた人も会社で食べるようになり、社員から「太った」という相談が多く寄せられました。
「朝食は食べた方がいい」「3食食べたほうがいい」とよく言われますが、何を食べるかが重要です。甘いものを食べると、血糖値が急激に上がる分、抑制する作用も急に働くので、脳内にブドウ糖が行き渡らず、かえって集中力が落ちることもあります。社員向けに食事を提供する施策を検討する場合は、何を提供するべきなのか栄養士や保健師に相談しましょう。
企業側が食事環境を整えた方がいい職場とは?
笠井先生
企業側からすると、「社員の食事のことまで会社が考えなければならないの?」「朝と夜に各自でしっかり食べてもらえばいいのでは」という意見もあるでしょう。しかし、働いている人たちにとって、毎日の朝食・夕食で栄養バランスが整ったものをとることは容易ではありません。社員のパフォーマンスを上げるためには、“頑張らなくても栄養補給できる職場づくり”が必要です。
それでも「本当に社員の食事環境まで整えなくてはならないのか?」と感じるようでしたら、次の方法で整えるべきかどうかを判別できます。
みなさんの職場付近にある飲食店をイメージしてください。健康的な食事を提供、かつ、社員がその食事を「時間的」「価格的」に買いたいと思うようなお店はどれくらいありますか?もし「そんなお店は少ない」と感じるなら、社員が健康的な食事にリーチしやすい食事環境を整えた方がいいです。
ここでは簡単にできる取り組みを紹介します。
- 自販機の飲み物のラインナップをチェック
置いている商品と、よく売れているもの、品切れになりやすいものを確認してください。夏によくあるのが、水やお茶は売り切れで、ジュースだけが残っているという状況です。ジュースなどの清涼飲料水の飲みすぎは、食習慣の乱れにつながります。補充が追い付かないなら、常温の水やお茶を設置しましょう。
- 炊飯器ひとつで変化
職場に炊飯器を設置して、ごはんを炊いておき、社員はおかずだけを用意すればいい状態にします。最近はコンビニでも、魚などの健康的な惣菜がありますし、おかずだけなら社員の金銭的な負担も少なくて済みます。
- 近隣のフードマップを作成
近隣の健康的な食事を提供するお店とおすすめのメニューをフードマップとして作成しましょう。マップに載せるお店選びには、栄養士や保健師の助言を得るといいでしょう。
- 宅配食をオープンにする
宅配食は社員の食事の幅を広げます。職場のあるエリアを対象とする宅配食のリストを全社員に共有しましょう。
社員の食事記録から実態の把握を
笠井先生
食事や睡眠環境の施策は長く続けないと意味がありません。すぐに効果は出ないため、「人事や労務としては施策を打ちたいが、上司や役員を説得するのが難しい」という声はよく聞きます。
特に食事は、経営層が年配の場合、「男性社員は毎日奥さんが食事を用意してくれている」と考えているなど、現代の共働き・単身世帯の状況をイメージできていない場合もあります。まずは実態を把握するために、社員の食事記録をとって、チェックしてもらいたいです。
私が企業で研修をするときは、事前に社員の食事記録を用意してもらった上で、経営層にも参加してもらうようにお願いしています。経営層が社員の食事記録を見ることで健康経営に危機感を持つきっかけになるからです。
会社が社員の食生活の現実を知り、社員の健康のために何ができるのかを真剣に考えていただくことが必要だと思います。
<共催:株式会社パソナ>
企業向け健康経営支援事業として、社員の生活習慣と生産性を可視化するライフスタイル調査サービスを提供。社員が5分程度のウェブアンケートに回答することで、組織の健康課題を浮き彫りにできる。また、健康増進施策について、検討・効果検証のための組織分析や、課題解決に向けたアドバイスも行い、健康経営をトータルにサポートしている。https://www.pasona.co.jp/clients/services/healthcare.html
<主催:エムスリーキャリア株式会社>
産業医の確保や健康経営施策に悩む企業に対し、産業医を紹介し、専任スタッフがサポートするサービスを展開。強みは、日本の医師の約9 割が登録するサイト「m3.com」を運営するエムスリーグループとして、医師をスピーディーに紹介できること。産業医に単発で依頼したい、自社で採用したいなどの希望に応じて幅広い企業ニーズに対応している。