全ては、つくる人を増やすため。 面白法人の働き方を支える舞台裏とは ―産業医 尾林誉史先生×企業の語り場 vol.1

(2018年8月31日 キャリアデザインラボより転載) 

働き方改革法が成立し、日本の労働慣行は大きな転換期を迎えようとしています。産業保健活動を推進していくために、企業と産業医間では、どのような連携を図っているのでしょうか。株式会社カヤックでは、産業医の見直しを図って以降、休職者がそのまま退職する割合が減り、復職するケースが増えたそうです。その背景には、産業医だけでなく、日頃から現場と密なコミュニケーションを取るように働きかけ、結果的に、復職時の現場対応を変えた労務の存在がありました。

株式会社カヤックの労務担当・植杉佳奈恵氏、株式会社カヤックの産業医を務める尾林誉史先生に、産業保健の取り組みについてお話を伺いました。

【尾林誉史先生プロフィール】

東京大学理学部化学科卒業後、株式会社リクルートに入社。

2006年、産業医を志し退職。
2007年、弘前大学医学部3年次学士編入。
2011~13年、産業医の土台として精神科の技術を身に付けるため、東京都立松沢病院にて初期臨床研修修了。
2013年、東京大学医学部附属病院精神神経科に入局。長崎市にある医療法人厚生会道ノ尾病院に赴任。可能な限り衛生委員会に出席する、メンタル問題の兆しが現れるのを待たずに積極的に面談を実施する、4~5時間かけて企業の内情を掘り下げるなど、自他ともに認める『攻めの産業医スタイル』が持ち味。リクルートグループの嘱託産業医を経て、主に東京に本社のある企業6社の産業医も務めている。


【企業プロフィール】
・株式会社カヤック(神奈川県鎌倉市)
・従業員数:328名(2018年7月現在)
・事業内容:インターネットサービス事業
・尾林先生の就任時期:2016年
・尾林先生に依頼した決め手:熱意、社員との相性が良さそうだった


◆プレスリリースを見て即連絡

―尾林先生に産業医を依頼して、どのくらい経つのでしょうか。


植杉 尾林先生には2年前から産業医を依頼しています。当時は、2014年にマザーズへ上場してから着実に社員数が増えていました。その一方で、メンタル不調者はなかなか減らなくて――。その当時の産業医の方も懸命に対応してくださっていましたが、産業医面談の対象者が退職を選択することもあり、根本的なところを見直す一手として産業医の交代に踏み切りました。
前任の先生は産業医協会に紹介していただきましたが、次は企業の産業医経験があり対応できる幅が広い方、社員との相性が良さそうな方に依頼できればと考えていました。そんなとき、とある企業のプレスリリースにて尾林先生が産業医に就任されたことを知ったのです。プレスリリースにあった尾林先生のコメントを拝見して、「お話を伺ってみたい」と思いコンタクトをとり、今に至ります。


尾林 会社員時代からカヤックのことを知っていたので、ご連絡いただいたときはうれしかったですね。初めてオフィスを訪問したときの印象は、『面白法人カヤック』という通称通り、レイアウトに遊び心を感じましたし、社員が仕事をしやすい環境を提供していることが伝わってきました。
カヤックでの産業保健活動が進めやすい要因の1つに、産業医を依頼していただいて間もない頃、代表取締役の柳澤さんとじっくりお話できたことがあると考えています。会社や社員への思い、メンタル不調で退職してしまう構造を変えたいことなどを共有いただきました。現場はもちろん、トップと目線合わせをすることで、より広い視野で取り組むべきことが見えてきます。個人的には、柳澤さんとお話できたことで「この会社で頑張ろう」というモチベーション喚起にもつながりましたね。


◆「密度」を高めていくために

―初めてカヤックを訪問した際、何をされたかを具体的に教えてください。

尾林 まず、前任の先生の産業医スタイル、社員さんとの距離感について確認をしました。その先生は文字通りの産業医業務ではなく、特技の手品を活かして創意工夫をされていましたが、社員さんともっと密にコミュニケーションを図れる余白があると感じましたね。
その第一歩として、社員さんの前で話す場を設けてもらい、これまでの経歴や産業保健に対する考えを熱弁しました。自己紹介はメールで済ませることができます。しかし、対面でコミュニケーションを図ることで、産業医を身近に感じてもらいたかったのです。


植杉 弊社の事業は、自社サービスを含め大きく3つあり、それぞれで発生しがちな課題が異なります。Web、VRなどデジタル技術を生かしたプロモーションやイベントの企画、制作をしているクライアントワーク事業部では、納期が比較的短いサイクルでやってくるので一時的な長時間労働が発生しやすく、それが連続することもある。ソーシャルゲーム事業部は、納期のサイクルは長ければ年単位に及ぶ一方、リリース後も運用もユーザーとの交流イベントなどが続くことから、ゴール設定や評価のタイミングが難しく、モチベーションの維持が課題となる傾向があります。
尾林先生には傾向に合わせて不調者を見ていただいていますが、「メンバーの“不調サイン”に気付いた人が、それをうまく労務に伝えることが必要」と助言をいただいていました。各事業部でも1対1の面談を実施し始めていましたので、不調者への対応だけでなく、面談する側とも情報共有を心がけました。そこで課題設定をしたり、個々人のウィークポイントを掴めたりするようになってから、安定感が出るようになりましたね。現場と労務の距離感が近くなったことで、尾林先生にも密度の濃い共有ができるようになったと感じています。

尾林 植杉さんがそのような働きかけをしてくださってから、不定期ではありますが各事業部のマネージャーともコミュニケーションを取るようになりました。極論、植杉さんだけが窓口でも回りますが、多くの方と話すことで自ずと問題意識や課題感を共有することができます。労務以外の方と接点を持てていることが、充実した産業医業務につながっていると実感していますね。

―密度の濃い共有があることで、有意義な企業訪問になりますね。

尾林 そうですね。わたしがカヤックさんに伺うのは月2回。1回につき平均3~4時間滞在しています。植杉さんとは、先程お話したような事業部内の状況、面談対象者の情報共有を日頃からメールでやりとりしています。意思疎通がスムーズに図れていることで、訪問時にしかできない社内巡視、面談業務、現場へのフィードバック等に時間を割くことができていますね。


◆長く、楽しく、「つくること」に携わるために

―実際にあった産業保健の課題、解決方法について教えてください。

尾林 今回は、長期的な休職、退職を未然に防げた事例をご紹介します。

Aさんは生真面目な性格ということもあり、長時間労働の傾向がありました。それを気にかけた同僚が労務にアラートを上げて、植杉さんから「今のうちから面談をお願いできますか」と依頼があったのです。本人と話してみると、一旦仕事と距離を置いた方が――いわゆる環境調整をした方が良さそうだと感じました。自覚症状はなくとも、根を詰めすぎてメンタルがじわじわとやられつつある状態だったのです。本人には、メンタル問題は音を立てずに忍び寄ってくるケースがあること、今のあなたはフルマラソン完走後にもう一度フルマラソンにチャレンジしようとしている状態だと伝えました。長期的な目線で自己管理をしていく必要があるので少し休んでみては、と提案したところ、本人も納得の上で休職となりました。結果的には薬を使わず環境調整だけで改善し、復帰後は本来のコンディションで業務に臨めるようになりましたね。

植杉 現場から軽い気持ちで労務や尾林先生との面談を勧めた相手が、面談後「◯◯さんはこういう事情で休職する」という結論に至ったことを伝えると、驚かれたり、簡単に休職させていると思われたりしてしまうこともあります。でも、会社ではその人のほんの一面しか見えていないことがよくありますし、さらにその人が無理している可能性も否めません。また、休職者を治すためにはどうしたらいいのか、と労務に相談しに来ることもあります。現場には、労務も現場メンバーも医師ではないので治すことはできないこと、そういう方を産業医にどうつなげるかが大切なので、気になることがあれば労務に相談してほしいと伝えるようにしています。

「つくる人を増やす」、これは弊社の経営理念の1つです。わたしは前職では制作現場も経験したことがあり、20代は深夜まで働くこと、徹夜続きになることはつらくありませんでした。ただ、30代になるとそれが厳しくなってきて――。昨年、弊社の社員平均年齢が30歳になり、みんなが40代、50代になったときの状況を考えたときに、1年でも2年でも長く、自分の好きな「つくること」に携わっていてほしいと思うようになったんです。そのためにも、尾林先生や社員と協力して、休職や退職を未然に防ぎ、元気に楽しく働ける環境を整えていきたいですね。


◆創業20年目。これからの課題と対策

―尾林先生がカヤックの産業医に就任されてから、現場でどのような変化がありましたか。

植杉 先程の事例とも通じる部分がありますが、不調を抱えてそのまま退職するのではなく、改善して復職するケースが増えてきましたね。その際の現場の対応も変わってきたように感じます。例えば、復帰時に100%のタスクを振るのではなく、その前に本人と面談をしてどのくらいのペースで働いていけそうかを確認したうえで、現場にタスク調整をお願いして業務に臨める環境作りができるようになったと思います。また、尾林先生との面談内容を労務と事業部のトップだけではなく、本人と直接コミュニケーションを取っている現場にも伝えることで――もちろん全てを伝えるのではなく内容を厳選して共有することで、休職への予防線が厚くなったようにも感じています。


尾林 それは産業医冥利につきますね。わたしの産業医スタイルは、自他ともに認める攻めの姿勢、積極的なアプローチ。何か起きてしまったら速やかに対応し、それを未然に防ぐためにも日頃から注力しています。それを実現させるためには、やはり、企業側の理解と協力体制が必要不可欠。カヤックとは、そのベクトルが同じだと感じていますし、何より労務の対応がきめ細やか。この場を借りて、カヤックの皆さんには植杉さんがいることに感謝すべきだと伝えたいですね。


植杉 ありがとうございます。社員のみなさんにより良い環境で働いていただくためにも、引き続き産業保健にしっかり取り組んでいきたいですね。今年の8月で、弊社は創業20年を迎えました。会社としてさらに成長するためにも、今後は中途採用の方がより増えていくと考えています。そこで課題になりうるのが、これまでの会社の文化の共有や理解が不十分なことによる「壁」のようなものが発生し、そこにフィットできずにメンタル不調に陥ってしまう人が出るのではないかということ。そういう人たちの不調のサインにいかに早く気付き、対応していけるかが今後の現場の鍵を握ると考えています。
また、最近では、人間関係が起因する鬱、適応障害といった企業要因のものではなく、その人の過去の経験が何らかの形で繰り返されたときに、メンタル不調として出てくることが多い印象があります。デリケートな領域なので関わり方が難しい側面もありますが、信頼関係をより強化していきながらリーチしていきたいと思います。


尾林 個々人へのフォーカスは、今後より重要になってくると思います。コストがかかるだけで生産性がないようにも捉える場合もあるかと思いますが、その人をその人らしく成長させていくことは、企業側の大切な役割だと考えています。
産業医は、企業から一歩離れた客観的な立場から話を聞けることが強み。社員が踏み込みにくい領域に触れたり、復職のきっかけになるものを引き出したりしていくことで、今後もカヤックのみなさんにとって最善となる産業保健の場をつくっていきたいですね。





産業医顧問サービス担当
府川 真理子(ふかわ まりこ)

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